続編について

仲違いした結果が

スピルバーグ監督の奇しくも代表作として認定され、世界的に見て歴代興行収入第1位という称号の獲得はまさに誉れだ。そんな輝かしい栄光を獲得したものの、この作品を機にジョーズシリーズの制作には携わっていないのです。元々原作者と仲違いというレベルで収まらない溝を作って、撮影開始以前から険悪な雰囲気のままだったこともあって、もう制作する気も失せてしまったのでしょう。

それでもジョーズシリーズの人気は確立され、続編はまだかまだかと期待する声も高まっていきました。何せそれまで、ゴッドファーザーが不動の歴代1位という記録を樹立していたところに、突如としてパニック系映画が1位になってしまったのです。その衝撃度はまさに奇跡といえるのではないだろうか。果てさて、当時の人がジョーズを見てどこを面白いと感じたのかは感性によりけりですが、アメリカの国民性からはドツボにハマる人が多かったようだ。

人気を得たことでその続編も話題を博すだろうと思われていったことにより、ジョーズシリーズは続々と制作されていきます。ではその歴代の作品のあらすじがどうなっているのか、初代はともかくとして次作以降はどのように展開していくのかを見てみよう。

映画のお供に

作品のあらすじ

1978年制作 ジョーズ2

サメの恐怖から3年後、事件のあった海岸では徐々に客足を取り戻しつつあり、ようやくかつてあった繁栄を取り戻しつつあった。だが沖合でダイバー2名が突如として謎の失踪を遂げる事件が起こってしまいます。この事件をきっかけに、またサメが現れたのではないかと恐怖が立ち込めます。探せど探せどダイバーたちは見つからない中で、シャチの死骸が発見されます。それを見たことでまたサメがやってきたとして市長に警告するも、立ち直りかけた街の状態にネガティブな話題を出すべきではないとして聞き流してしまいます。

主人公が海岸を見張っていると、サメと思しき影を勘違いして騒ぎを大きくし、警察を解雇されてしまった。その後傷心の主人公を連れて沖合までヨットで遊びに出かけることにしました。しかしその際、主人公の息子がいないことを知ると、別のヨットでサメに襲われているとの連絡が来ます。そこには主人公の子供もいることが明らかになり、急ぎ助けに向かいます。果たして主人公は息子を助けることが出来るのか。

1983年制作 ジョーズ3

前作までの主人公の子供が大人になり、エンジニアとして働いていました。その後海底トンネルへ行けるレジャー施設で勤務が決まり、そこには彼の恋人もいて順風満帆な生活をしていた。ある日海底トンネルの一部分が故障しているのが確認されると、スタッフの1人が修理に向かいますがそのまま行方不明になってしまいのです。

迎えたレジャー施設のオープン初日、大勢の顧客がやってくる中で、彼らの前に現れた無残な人間の死体があった。またしても人食サメが襲来したとして、殺すのではなく捕獲して見世物にしようという結論に至る。やがて現れたサメを捕獲するが、異様に小さく、またショーに出されるなど酷使されたことで死亡してしまった。その時だった、レジャー施設と地上とを繋ぐ海底トンネルの海を泳ぐ獰猛で恐ろしい、人間など恐れていないような巨大なサメが出現したのです。

1987年制作 ジョーズ'87 復讐編

サメたちは自分たちを、尽く蹂躙していった一族の存在を忘れていなかった。ブロディ親子を取り巻く中で、先陣を切って人食サメと勇敢に戦った父を亡くし、母は失意にくれた時を過ごす。次男のショーンと共に静かに暮らしていたが、ある日の夜の海で流木の除去作業をしていたショーンの前に人食サメが現れて無残にも彼は食い殺されてしまった。息子の突然の死にどん底に落とされる母、そこへ長男が自分と一緒に暮らそうと言ってバハマへと向かった。

だがそこにも人食サメの恐怖は忍び寄っており、孫であるテアの生命すら狙ってくるサメに対して、ブロディ家の母であるエレンはある覚悟を決める。

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4作までで完結

このように、1つの一族と人食サメとの仁義なき戦いが繰り広げられていきます。続くところまで続いた結果、最終的に人食いサメが自分たちの邪魔をし続けた一族を殺そうとして躍起する話になっている。最終的に全ての脅威からは逃れられこそしたものの、その分だけ払った犠牲も大きかった。ただ未亡人となった母にしてみれば自分には関係のない話、海から遠く離れたところで生活すればよかったのではないかと、そう思ったりするのではないか。

エンディングを迎える時点で登場人物、その中でもかなり無残な死に方をしている辺りが当時の、かなりやりたい放題な映画としての面白さを助長している。